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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)448号 判決

原告

鐙屋徳治

右訴訟代理人

布施誠司

木村雅暢

被告

右代表者法務大臣

倉石忠雄

右指定代理人

竹内康尋

鎌谷稔徳

被告

株式会社伊藤建設

右代表者

伊藤長一

被告

伊藤長一

右両名訴訟代理人

加賀谷殷

被告

倉田義雄

被告

佐藤重清

右訴訟代理人

深井昭二

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一請求の原因1の事実は、原告と被告会社及び被告伊藤、同倉田との間においてはその全部につき、原告と被告国との間においてはそのうち、訴外会社が倒産したこと及びその時期の点を除く事実につき、原告と被告佐藤との間においてそのうち原告が訴外会社の代表取締役であることにつきそれぞれ争いがなく、〈証拠〉によると、訴外会社は昭和四四年六月に手形の不渡処分を受け倒産したこと、当時原告は本件土地建物を所有し、右物件について原告主張の抵当権又は根抵当権を設定していたことが認められる。

二同2の事実については、原告と被告国、被告会社、被告伊藤、同倉田との間に争いがなく、原告と被告佐藤との間においては、被告会社が本件土地建物を六五五万円で競落しその所有権を取得したことは争いがないほか、その余の事実についても、〈証拠〉により認めることができる。

三そこで同3の事実について判断する。

1  被告伊藤が被告会社の代表者であることは当事者間に争いがなくまた、本件土地建物を競落するにあたり、被告伊藤が訴外石黒、被告倉田、同佐藤らと談合し、被告伊藤が訴外石黒らに対し談合金として二〇〇万円を支払つたことは原告と被告倉田、同佐藤との間に争いがなく、被告伊藤が訴外石黒に対し二〇〇万円を支払つたことは原告と被告会社及び被告伊藤との間に争いがない。

右争いのない事実に、前記二の事実、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件三筆の土地は、国鉄秋田駅の南西約1.5キロメートル付近の商業地域内に位置し、右各筆の土地のいずれもその東側が幅員約六メートルの公道に接するとともに東西に約四二メートルの奥行を有する細長い土地であつて、右奥行部分を互いに接し一区画の長方形の土地(間口合計約二二メートル、奥行約四二メートル)を形成している。なお、右公道については、昭和四一年一二月以来、秋田県公安委員会によつて一方通行の規制を受け、自転車を除く全車両の南進及び駐車等が禁止されており、また本件競売当時、本件土地上には本件建物のほか、同じく原告の所有に係り本件競売の対象とはされなかつた本件競落外建物が存在していた。

(二)  本件において本件土地建物の鑑定評価を命ぜられた高橋執行官は、右土地建物の現地の状況、建物の形状、構造、右土地建物に対する固定資産税の評価額等を調査したほか、本件競売を申し立てた北日本相互銀行の担当者の意見を聴取するなどして、本件三筆の土地のうち秋田市旭南二丁目五二番の宅地を一二五万九〇〇〇円、同所五三番の宅地を三二〇万円、同所五四番の一の宅地を八六万円と各筆毎に評価し、また本件建物についてはその付属建物の価額も合わせて一二三万円と評価し、その旨の不動産評価報告書を作成して裁判所に提出した。ただ、高橋執行官は、右評価をするにあたり、他に不動産取引業者らの意見を聴取することもなく、また付近の土地の売買事例の調査を行うこともなかつたなど、本件土地の評価について右以上に資料を収集し検討を加える等のことはしなかつた。

(三)  しかしながら、鑑定人菊地徳男の鑑定によれば、本件競落がなされた昭和四五年三月当時における本件土地の時価は、右土地の面する公道が一方通行、駐車禁止等の規制を受けていたことを前提としたうえ、本件競落により本件競落外建物のため法定地上権が成立しないとした場合で一九四八万円、右法定地上権が成立するとした場合で一六一〇万円というものであつた。なお、不動産鑑定士山蔭徳郎の作成した鑑定評価書においても、同月当時の本件土地の時価は、右の公道における交通規制を前提としたうえ、法定地上権による制限が存在しないとした場合で二〇三七万四九八七円とされており、また、同月当時、訴外秋田銀行の信託業務の承継会社である訴外秋田共立株式会社により作成された不動産評価書においても、本件土地の時価は二〇一七万七二五〇円と評価されていた(なお本件建物については、建築後既に数十年を経過し老朽化していたため、前記菊地徳男の鑑定によれば無価値とみなすことも可能であるとされている。)

(四)  ところで、高橋執行官は、本件土地建物等の鑑定評価のため、昭和四四年一一月下旬ころ本件土地建物の所在地に赴いたが、その際、かねてからいわゆる競売屋として競売場に出入りしていた被告佐藤の求めに応じて、同被告を帯同した。同被告は、高橋執行官とともに本件土地建物を検分するうち、自ら右土地建物を競落したい旨の希望を有するに至り、そのため、当日、高橋執行官の勤務が終了するのを待つて同執行官を飲食店に誘い、酒食を共にしながら、同執行官に対し本件土地建物を同被告が競落する意図であることを告げ、「よろしく頼む」と申し入れ、その評価額をできるだけ低廉なものに見積るよう依頼し、合わせて現金二〇万円入りの封筒を手渡した。

(五)  本件競売期日は昭和四五年三月二四日に開かれたが、本件土地建物の競売のため集まつた者は被告佐藤のほか被告伊藤、同倉田、訴外石黒、同長門、同進藤らであつた。そのうち被告伊藤は約一〇〇〇万円ないし一二〇〇万円、被告佐藤、同倉田、訴外進藤は約八〇〇万円、訴外長門は約一〇〇〇万円までの価額で競落することを意図していたところ、そのうち被告伊藤は、是非とも右土地建物を取得したいと考えるに至り、本件土地建物の競売価額の競りが開始される直前、訴外石黒に対し、談合金を提供することを持ち掛けたうえ、それと引き換えに他の競売参加人にも被告会社が競落できるよう働きかけてくれることを依頼した。訴外石黒は、右申出を了承し、まずその旨を被告倉田に伝えて同被告を応諾させ、更に同被告を通じて被告佐藤、訴外長門、同進藤らに順次依頼したところ、被告佐藤を含め全員が右申出に応じるに至つた。そのため、本件土地建物に対してはそれまでの間に既に最低競売価額である六五四万九〇〇〇円と同額の競買申出が被告会社、被告佐藤、同倉田ら右談合加入者によりなされていたが、高橋執行官によつて右土地建物の競り上げが開始され、同執行官が更に高額の申出を催告したところ、被告伊藤が被告会社の代表者として最低競売価額を一〇〇〇円上回る六五五万円を申し出た以外に他から価額の申出がなされなかつた。したがつて、被告会社は、右六五五万円をもつて本件土地建物の最高価競買人となり、同年三月三〇日の競落期日において競落許可決定を得、その後競落代金を払い込んで本件土地建物の所有権を所得するに至つた。なお、被告伊藤は、前記競売期日の終了後、訴外石黒、同倉田、同佐藤らに対し談合金として合計二〇〇万円を支払つた。

以上の事実が認められ〈る。〉

2  右認定の事実から、最初に、高橋執行官及び被告佐藤、同倉田、同佐藤らの行為と本件土地建物の競落価額との間における因果関係について検討する。

(一)  まず、本件競落価額が直接には被告伊藤らの本件談合行為により形成されたものであることは明らかである。一方右談合行為がなかつたとした場合における本件土地建物の競落価額について考えるに、本件競売当時における本件土地建物の時価は、そのうち本件土地についてだけみても、右土地競落外建物のため法定地上権が成立するとした場合でおおよそ一六〇〇万円程度、右法定地上権が成立しない場合で一九〇〇万円ないし二〇〇〇万円程度であつたものと認められる。しかしながら、現実の競売手続においては競売物件が時価で競落されることは稀であつて、通常の場合時価をかなり下回る価額で競落されるものであることは公知の事実である。そのため本件においても、特別の事情がない限り、原告が主張するように本件土地建物が右の時価ないしはそれ以上の価額で競落されたであろうとみなすことはできないし、本件において右のような特別の事情を認めるに足りる証拠はない。しかし一方、被告伊藤ら本件競売参加人の競売申出価額に関する当初の意図が前記認定のとおりであつたことからみて、本件談合行為がなかつたならば、本件土地建物は少くとも一〇〇〇万円の価額で競落されたであろうと推認することは可能である。そうであれば、本件競落価額は、まず、被告伊藤、同倉田、同佐藤らの本件談合行為により決せられるに至つたものであるとともに、右談合行為がなかつたならば、本件土地建物は少なくとも一〇〇〇万円を越える価額で競落されたであろうと推認するに難くない。

(二)  次に、本件談合による六五五万円という競落価額は、本件競売での最低競売価額が六五四万九〇〇〇円と定められていたことを前提としたものであり、そのため仮に右最低競売価額がより高額とされていたならば、本件のように談合がなされたとしてもその競落価額は、同様に、より高額なものになつたであろうことが容易に推認され、更に最低競売価額が一〇〇〇万円以上とされていたならば、被告伊藤らにおける本件競買申出額についての当初の意図及び本件競売期日当日における談合行為の態様等からみて、同被告らによる右談合行為がなされるまでに至つたかは疑問である。そうして右談合行為がなされなかつたとした場合、本件土地建物が少なくとも一〇〇〇万円以上の価額で競落されるに至つたであろうことは前記(一)のとおりである。そうであれば、本件においては、本件最低競売価額の定めと本件競落価額との間にも因果関係があるものとみなさざるをえず、他方競売手続における最低競売価額は鑑定による当該物件の評価額を前提としたうえそれを斟酌して定められるものであり、本件の場合も高橋執行官による鑑定評価額がそのまま採用されたものである以上、結局右の因果関係は、高橋執行官の右鑑定評価と本件競落価額との間における因果関係を示すものといわざるをえない。

3  次に、高橋執行官及び被告伊藤らの行為の違法性について検討するに、被告伊藤、同倉田、同佐藤らの本件談合行為が競売手続の公正を害するものとして違法なものであることは明らかである。

一方、高橋執行官が本件土地建物を六五四万九〇〇〇円と鑑定評価したことに関しては、前記認定のとおり執行官が被告佐藤から右物件を低額に評価するよう依頼を受け金員を収受したことが認められるものの、同執行官が右依頼に応じ故意に本件土地建物の評価額を低廉なものとしたことまでは本件における全証拠によつてもこれを認めることができない。しかしながら、そもそも競売手続において最低競売価格を定めるべきものとされていることの趣旨は、不動産の価額を相当に維持し不当な安価で競売されることを防ぐことにあるものであるから、民訴法六五五条に基づき右最低競売価額を定めるためになされる鑑定評価にあたつては、右不動産を客観的に妥当な価額に評価する必要があるものと解される。ところが前記のとおり、本件土地建物のうち本件土地の時価は一六〇〇万円又は一九〇〇万円ないし二〇〇〇万円程度であつたものと認められるから、仮に、本件土地建物の価額を評価するにあたつて、それが競売手続の一環としてなされるものであることを考慮し正常取引価額からある程度の減額をすることが許されるとしても、右土地建物を本件のように六五四万九〇〇〇円と評価することはあまりに低額に過ぎそれ自体違法なものといわざるをえず、同人としては本件土地建物を少なくとも前記2における一〇〇〇万円を超える価額には評価すべきであつたものと考えられる。

そうして本件においては、高橋執行官が本件土地建物の時価を右のとおり著しく低額に算定評価するに至つたことについて格別の合理的な理由が見当たらず、かえつてそれが前記1(二)でみた程度の調査に基づくものであつた以上、同人には右評価を誤つたことにつき少なくとも過失があるものといわざるをえない。

4  以上のとおりであるから、被告伊藤、同倉田、同佐藤は民法七〇九条により、被告伊藤が代表者であり、かつ、本件土地建物を競落、取得した被告会社は商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項により、被告国は国家賠償法一条一項により、本件土地建物が本件競売において右のとおり少なくとも一〇〇〇万円で競落されることなく六五五万円という低額で競落されることについて、原告の被つた損害を賠償すべき責があるものというべきである。

5  なお、被告国は、高橋執行官による本件土地建物の評価が低額であつたとしても、それを前提とする本件競売手続が適法に行われた以上右評価額に違法があるとはいえない旨主張し、また、〈証拠〉によると、訴外会社及び原告は、昭和四五年四月二日、本件土地建物について競落許可決定がなされたことに対し、本件競売における最低競売価額が低額であることを理由として仙台高等裁判所秋田支部に対し即時抗告を申し立てたが、同年五月二二日棄却されたこと、そのため原告らは更に右決定に対し特別抗告を申し立てたが同様に棄却され、右競売事件は適法に確定したことが認められる。しかしながら、本件競売事件が確定し競売手続自体の効力を争うことができなくなつたとしても、そのことにより右競売事件における最低競売価額の定め及び同執行官の評価額について違法があることを主張し損害賠償を求めること自体が妨げられるものではないと解されるから、右手続が確定したことをもつて同執行官の前記評価が適法であつたとすることはできない。

また、被告国は、同執行官の本件低額評価と被告伊藤らの談合行為との間には時間的、人的関連性がないから、同執行官と被告伊藤、同倉田、同佐藤が共同不法行為者にあたるものではない旨主張するけれども、同執行官の本件評価がそれ自体違法なものといわざるをえないことは前記のとおりであり、また本件競落価額が右違法な評価と被告伊藤らの違法な談合行為とが相俟つて形成されたものであると解される以上、高橋執行官が被告伊藤、同倉田、同佐藤らとともに本件における共同不法行為者に該当することは当然である。

その他、被告及び被告倉田は、高橋執行官の本件土地建物の評価について違法性がないこと並びに右評価又は本件談合行為と本件競落価額との間に因果関係がないこと等についてるる主張するけれども、そのいずれも理由がないことは前記2及び3で述べたところから明らかである。

四そこで、右のとおり本件土地建物が少なくとも一〇〇〇万円以上の価額で競落されることなく六五五万円で競落されたことに基づく原告の損害について判断する。

1  〈証拠〉を総合すると、別紙物件目録二〈省略〉の本件土地建物以外の競売不動産のうち同目録1ないし24の土地建物は訴外会社の、25ないし34の土地建物は原告の、35及び36の土地は訴外鐙屋悦子の各所有であつたこと、本件競売申立当時、本件土地建物とともに本件土地建物以外の競売不動産についても、北日本相互銀行(第一順位、被担保債権元本極度額一六〇〇万円)、中小企業金融公庫(第二順位、被担保債権元本額七〇〇万円)及び羽後銀行(本件土地建物及び本件土地建物以外の競売不動産のうち別紙物件目録二の3536については第三順位、右3536を除く本件土地建物以外の競売不動産については第四順位、被担保債権元本極度額五〇〇万円)のため共同根抵当権又は共同抵当権が設定されており、また本件土地建物以外の競売不動産(ただし別紙物件目録二のうち3536を除く)については、それ以外に、中小企業金融公庫のための抵当権に劣後し、羽後銀行のための根抵当権に優先する。第三順位の秋田県信用保証協会のための根抵当権(株式会社山形相互銀行・訴外会社間における銀行取引契約について、昭和四二年一二月二八日同銀行との間で締結された保証契約に基づく求償債権及び同日訴外会社・同信用保証協会間で締結された信用保証委託契約による保証料債権を担保するもの、被担保債権元本極度額一〇〇〇万円)が設定されていたこと、そのため、本件土地建物及び本件土地建物以外の競売不動産に対する競売は同一事件として申し立てられ開始決定がなされた(秋田地方裁判所昭和四四年(ケ)第四六号)が、本件土地建物について競売手続が先に進められ本件競落に至つたものであること、本件土地建物の競落代金である六五五万円は、競売費用の一七万八二四九円を差し引いた六三七万一七五一円の全額が一番抵当権者である北日本相互銀行の債権(債権額は元本額一一四二万円、利息及び損害金額八三万三三六四円合計一、二二五万三三六四円)の一部に対し交付されたのみで、二番抵当権者である中小企業金融公庫、三番抵当権者である羽後銀行、租税債権者である国(昭和四三年分の所得税、加算税、延滞税合計三六七万二八〇〇円)、秋田市(固定資産税等一〇万二四〇円)仮差押債権者である訴外進藤等に対しては全く配当がなされなかつたこと、その後本件土地建物以外の競売不動産についても引き続き競売手続が進められ、昭和四七年五月二六日に一五一〇万円で競落されたこと、そのため右競売代金から競売費用三一万六八五〇円を差し引いた一四七八万三一五〇円が訴外会社の各債権者に配当交付されたが、その内訳は一番根抵当権者である北日本相互銀行に対し、本件土地建物の競売による前記配当額及び後記秋田県信用保証協会から代位弁済を受けた額を除いた残債権額の全額である三五〇万七四九九円(元本額二八八万一六一三円、利息及び損害金額六二万五八八一円合計三五〇万七四九九円)、二番抵当権者である中小企業金融公庫から債権及び抵当権の各一部の譲渡を受けた同じ北日本相互銀行に対し、右譲受債権の全額である三七四万三四三三円(元本額三二八万七一七四円、利息及損害金額四五万六二五九円合計三七四万三四三三円)、三番抵当権者であり、かつ昭和四六年五月二八日に一番抵当権者の北日本相互銀行に対し債権の一部(元本額三〇〇万円、利息及び損害金額一七万三五八九円)を代位弁済した秋田県信用保証協会(総債権額は元本額九〇九万一〇三九円、利息及び損害金額二七八万七一九九円合計一一八七万八二三八円)に対し、債権額の一部である七五三万二二一八円がそれぞれ配当交付されたのにとどまり、その他の債権者については配当がなされなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  そこでまず、右認定事実に基づいて、本件土地建物が前記のとおり少なくとも一〇〇〇万円以上で競落されたとした場合の配当関係について検討するに、訴外会社に対する各債権者の債権額からみて、右の場合における競売代金は、結局本件の場合と同様、そのすべてが訴外会社の一番根抵当権者である北日本相互銀行に対してのみ配当交付されたはずであることが明らかである。またその場合、それに応じて北日本相互銀行の訴外会社に対する債権は少なくとも一〇〇〇万円以上の金額と現実の競落代金額との差額である少なくとも三四五万円以上の金額が減少するに至つたはずであるため、本件土地建物以外の競売不動産の競売代金の配当にあたつてもその影響が生じることになるが、それは結局、右認定に係る現実の配当状況からみて、秋田県信用保証協会への配当額を同額分だけ増加するにとどまり、いずれにしても本件土地建物及び本件土地建物以外の競売不動産(一部)の所有者であり物上保証人である原告に対しては配当剰余金を生じる余地がなかつたものと認められる。

そうであれば、原告の主張するように本件土地建物についての競落価額と、高橋執行官、被告伊藤らの前記不法行為がなされなかつた場合における競落価額との差額をもつて直ちに原告が取得しうべき金額であつたとすることはできない。(なお原告は、本件のように競売手続の公正を害された場合には、右差額をもつて直ちに原告の損害とみなすべきであるとも主張するが、不法行為によつて被る損害についても、現実の権利、利益の侵害の有無をもつて判断されるべきものであるから、右主張は理由がない。)

3  次に、物上保証人である原告としては、その所有に係る本件土地建物の抵当権を実行されたものであるため、債務者である訴外会社に対し競落代金と同額の求償権を有するに至つたものと解される。したがつて、原告としては、被告伊藤らの前記不法行為により本件土地建物を少なくとも一〇〇〇万円以上の価額で競売することができなかつたのであるから、訴外会社に対し現実の競売価額との差額である少なくとも三四五万円の求償債権を余分に取得しえなかつたという不利益を被つたものとみなすことは可能である。

ところが、〈証拠〉を総合すると、訴外会社は資本金三〇〇万円、従業員数約八〇名の有限会社であつたが、昭和四四年六月に約一億二〇〇〇万円の債務を抱えて倒産し、以後事業活動を停止したまま会社財産をすべて処分して現在に至つており、今日ではもはや会社としての実体を全く喪失し、また、将来においても営業活動をする可能性がないことが認められ、右認定に反する証拠はない。そうであれば、右求償債権はその金額いかんにかかわらず現実に行使することが不可能なものであつたものであり、財産的には無価値なものと評価せざるをえない。そのため、本件談合行為等がなされることがなかつたならば、原告が訴外会社に対し更に少なくとも三四五万円の求償債権を取得しえたとしても、右のとおりその債権の現実の回収の可能性が皆無であつた以上、右求償権を取得しえなかつたことをもつて原告の財産上の損害とみなすことはできないものといわざるをえない。

4  更に原告は、北日本相互銀行、中小企業金融公庫、羽後銀行に対する訴外会社の債務については、本件根抵当権又は抵当権を設定するとともに個人として連帯保証をしていたものであるから、本件土地建物がより高額に競落され訴外会社の負う主債務が減少するならば原告個人の連帯保証債務も当然に減少するはずであつたとして、右保証債務が右のとおり減少するに至らなかつたことをもつて原告の被つた損害であると主張する。

なるほど〈証拠〉中には、右主張のとおり原告が北日本相互銀行、中小企業金融公庫、羽後銀行に対し訴外会社の債務について連帯保証契約を締結したことを窺わせる記載があり、一方本件土地建物が少なくとも一〇〇〇万円で競落されたならば、前記1でみたとおりの各抵当権者の債権額及び本件土地建物の競売代金の配当状況からみて、現実の競落価額との差額分についてもすべて北日本相互銀行に配当され、訴外会社の北日本相互銀行に対する主債務はそれだけ減少し、そのため原告の北日本相互銀行に対する連帯保証債務額についても同額分だけ減少するに至つたはずであると考えられる。しかしながら、前記1のとおり、北日本相互銀行の訴外会社に対する債権は、いずれにしても本件土地建物と同一の競売事件を構成する本件土地建物以外の競売不動産に関する競売代金の配当によつてすべて消滅するに至つたものであるから、結局本件競売事件の手続中において原告の北日本相互銀行に対する連帯保証債務は消滅し、原告が同銀行に対する右連帯保証債務を免れたであろうこと自体を特に損害とすべき余地はなくなつたものというべきである。そして前記1のような本件土地建物及び本件土地建物以外の競売不動産についての競売代金の配当状況からみるならば、仮に本件土地建物が少なくとも一〇〇〇万円で競落されたとしても、そのことによる右競売代金の増加分少なくとも三四五万円は、本件土地建物以外の競売不動産の競売代金の配当にあたつて単に秋田県保証協会に対する配当額の増加をもたらしたものにすぎないと解され、また、同保証協会に対し現実になされた配当額自体、同協会が譲渡を受けた一番根抵当権の被担保債権額を上回るため、右増加に係る配当分は同協会の三番根抵当権により担保された保証契約の求償債権等に対する配当額を増加したにすぎないものと考えられる。したがつて、右配当額の増加が北日本相互銀行及び中小企業金融公庫並びに羽後銀行に対する原告の連帯保証債務に影響するところがないものであることが明らかであり、そうすると原告においては、右主張に係る損害も生じなかつたものといわざるをえない。

5  その他本件においては、本件土地建物が少なくとも一〇〇〇万円で競落されることなく六五五万円で競落されたことによつて原告に損害が生じたと認めるに足りる事情は見当たらない。そうであれば、結局原告は、高橋執行官、被告伊藤、同倉田、同佐藤らの前記不法行為により現実に損害を被つたものとは認め難く、原告の本訴請求はその点において認容し難いものといわざるをえない。

五以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないことに帰するからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(井田友吉 林豊 持本健司)

物件目録一・二、別紙(一)〜(四)〈省略〉

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